ピエール=オーギュスト・ルノワール Pierre-Auguste Renoir

印象派を代表する画家
フランス 1841年 〜 1919年

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印象派の中でも特に名が知られた同派を代表する巨匠。しばしば女性的と直喩される流動的かつ奔放な筆勢や、明瞭で多様な色彩、豊潤で官能的な裸婦の表現、揺らめく木漏れ日による人物や風景への効果を研究した斑点状の描写など特徴的な表現で数多くの作品を制作。その後、50歳を前にしてリウマチを患うと、温暖な気候を求めて南フランスのカーニュ=シュル=メールに拠点を移します。地中海沿岸の強い光と豊かな自然に刺激されたルノワールは、痛む右手に絵筆を縛りつけて精力的に制作に取り組み、溶け合うような柔らかなタッチと色彩が響き合う女性像や裸婦像を生み出しました。こうした作品は批評家やコレクターの絶賛を浴び、後世の画家にも強い影響を与えました。


性別
男性
誕生日
1841年2月25日(木)
歿日
1919年12月3日(水)
主な出来事
1841年天保11年

2月25日、フランス中南部のリモージュにて生まれる。

1854年嘉永7年

13歳で磁器工場に入り、磁器の絵付職人の見習いとなる

1858年安政4年

職人としての仕事を失うこととなったルノワールは画家を目指した。

1860年万延元年

模倣画家として認められルーヴル美術館でルーベンス、ブーシェ、フラゴナールなど宮廷絵画(主に18世紀ロココ様式)の研究と模写をおこなう。

1861年文久元年

シャルル・グレールの画塾に登録

1862年文久2年

エコール・デ・ボザール(官立美術学校)に入学。

国立美術学校へ入り絵画を学ぶ。

1864年元治元年

『踊るエスメラルダ』をサロンに出品し、初入選している。

1868年明治元年

カフェ・ゲルボワで印象派の先駆者エドゥアール・マネやエドガー・ドガと出会う。

1873年明治6年

モネ、ピサロ、シスレーら、後に「印象派」と呼ばれるグループの画家たちは「芸術家、画家、彫刻家、版画家その他による匿名協会」を結成。

1874年明治7年

パリ、キャピュシーヌ大通りの写真家ナダールのアトリエでこのグループの第1回展を開催。これが後に「第1回印象派展」と呼ばれるもので、ルノワールは『桟敷』など7点を出品した。

1880年明治13年

古典主義を探求し作風を変化させる。

1911年明治44年

車椅子生活を余儀なくされるも、痛みに耐えながら最後まで精力的に作品制作は続けた。

1919年大正8年

12月3日、逝去。

最終更新 2014年06月05日
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