篠田桃紅
幼いころから書を学び、戦後に入り本格的に創作活動を再開しますが、その作品は既成の書道にとらわれない墨を使った抽象芸術へと移行していきます。ニューヨークを拠点に全米をはじめヨーロッパ各地で個展を開催し、第2次世界大戦後、墨を使った抽象美術家としていち早く国際的に高い評価を受けた日本人芸術家の1人となりました。 帰国後もレリーフ・壁画などの建築物に関わる大作を手がける一方、版画・題字・随筆などさまざまな分野に活動を広げていきました。多くの作品が、国内外の美術館や公共施設に収蔵されています。 107歳でこの世を去るまで、桃紅は国内外において個展を開催し、精力的に創作活動を行いました。
篠田桃紅のデータ
- 性別
- 女性
- 出身地
- 中国
- 誕生日
- 1913年(大正2年) 3月28日(金)
- 歿日
- 2021年(令和3年) 3月1日(月)
- 美術館
- 関市立篠田桃紅美術空間
- パブリックコレクション
- 岐阜現代美術館
- 鑑定機関・鑑定人
- 篠田桃紅鑑定委員会【有限会社サン・カイ・ビ内】
- 師
- 下野雪堂
- メイン・テーマ
- 抽象画
篠田桃紅の略歴
- 1913年(大正2年)
3月28日(金)、大連に生まれる。父親は東亜煙草株式会社の大連支店長。
- 1929年(昭和4年)
この頃から女学校の師である下野雪堂に書の指導を受け、卒業後も二年ほど指導を受ける
- 1947年(昭和22年)
書の枠を出た抽象的な作品を制作し始める
- 1954年(昭和29年)
「日本現代書道展」(ニューヨーク近代美術館)
- 1956年(昭和31年)
渡米 (1958年までニューヨークで制作)
- 1958年(昭和33年)
米国より帰国。一躍「時の人」となり、新聞・雑誌などの取材対応に追われる。
- 1961年(昭和36年)
「ピッツバーグ国際現代絵画彫刻展」
第6回サンパウロ・ビエンナーレ招待出品- 1964年(昭和39年)
国立代々木競技場のために壁画を制作
- 1973年(昭和48年)
「戦後美術の展開-抽象表現の多様化」展 (東京国立近代美術館)
- 1974年(昭和49年)
増上寺大本堂、ロビーの為に壁画を、道場の為に襖絵を制作
- 1979年(昭和54年)
随筆集『墨いろ』で第27回日本エッセイスト・クラブ賞受賞
- 1992年(平成4年)
個展「篠田桃紅 時のかたち」岐阜県美術館
- 1994年(平成6年)
「戦後日本の前衛美術展」(横浜美術館、グッゲンハイム美術館、ニューヨーク)
- 1996年(平成8年)
個展(シンガポール国立近代美術館)
「TOKO SHINODA – VISUAL POETRY」 (シンガポール国立近代美術館)、初の日本人作家による個展
京都の迎賓館の為に絵画を制作。
東京のコンラッド・ホテルの為に絵画制作。- 2006年(平成18年)
「世界の最も尊敬する日本人100人」(ニューズウイーク)に選出される
- 2010年(平成22年)
関市立篠田桃紅美術空間 天皇皇后両陛下行幸啓
- 2013年(平成25年)
篠田桃紅 生誕100年を記念するトールマン・コレクション主催・監修の展覧会を開催
- 2021年(令和3年)
3月1日(月)、老衰により東京都内の病院で逝去。享年107歳。
- 2022年(令和4年)
大回顧展(東京オペラシティアートギャラリー)
- 2024年(令和6年)
岐阜現代美術館「桃紅館」開館