エンリコ・カステラーニ
「光の絵画」と呼ばれ、主観性を排した規則的な凹凸の表現スタイルを、半世紀にわたり守り国際的な評価を得ている。
1930年(昭和5年) 〜 2017年(平成29年)
エンリコ・カステラーニは、戦後イタリア美術を代表する作家の一人で、規則的な凹凸をもつ単色の「表面=Superficie」シリーズによって、絵画を光と空間の問題として問い直した重要な存在です。</br>1930年にイタリアで生まれ、ベルギーで絵画、彫刻、建築を学んだのち、ミラノでピエロ・マンゾーニとともに前衛的な活動を展開しました。</br>画面そのものを立体的な構造へと変えるその表現は、ZEROやミニマル・アートにも通じる先駆性を備え、主観的な筆致を排した静謐な緊張感に大きな特色があります。</br>「光の絵画」とも称される、簡潔でありながら深い精神性をもつ作品世界で国際的に高く評価されています。
エンリコ・カステラーニのデータ
- 性別
- 男性
- 出身地
- イタリア
- 歿日
- 2017年(平成29年) 12月1日(金)
エンリコ・カステラーニの略歴
- 1930年(昭和5年)
イタリア・カステルマッサ(ロビーゴ)生まれ
- 1952年(昭和27年)
ベルギー・ブリュッセルに移住し、王立美術アカデミーで絵画と彫刻を学ぶ
- 1956年(昭和31年)
ベルギーのラ・カンブル国立美術学校の建築科を卒業、ミラノに移る。
- 1959年(昭和34年)
ピエロ・マンゾーニらと共に前衛美術誌『アジムート』を発行。
同名の画廊をたちあげ『グループ・ゼロ』展を開催(-1960)
≪レリーフ状の黒い表面≫発表- 1961年(昭和36年)
アムステルダムのステデリク美術館での『ゼロ』展に参加
- 1964年(昭和39年)
ヴェネツィア・ビエンナーレに参加
- 1965年(昭和40年)
サンパウロ・ビエンナーレに参加
ニューヨーク近代美術館『応答する眼』展に出品- 1968年(昭和43年)
カッセル・ドクメンタ4に出品
- 1973年(昭和48年)
イタリア中部のチェレーノに活動の拠点を移す
- 1981年(昭和56年)
ポンピドゥー・センター『イタリアのアイデンティティー』展に出品
- 1994年(平成6年)
グッゲンハイム美術館『イタリアン・メタモルフォシス(イタリアの変容)』展など多くのグループ展に出品
- 2001年(平成13年)
プラダ財団(ミラノ)で大回顧展
- 2005年(平成17年)
プーシキン美術館(モスクワ)で大回顧展
- 2009年(平成21年)
ニューヨークの画廊で個展