ロジェ・ボナフェは、1932年、地中海に近いフランスのエローに生まれました。陽光と風土に恵まれた南フランスの自然は、後に彼の作品を特徴づける豊かな色彩感覚の原点となっています。

若くしてパリへと向かった彼は、1950年代にモンマルトルに居を構え、時代を生きる多くの画家たちとの交流を深めました。芸術家が集い、議論し、互いを刺激し合うその環境のなかで、ボナフェは自らの画風を磨いていきます。そして1960年、フランスのオランジュで初個展を開催し、画家としての本格的な歩みを踏み出しました。

彼の絵画の最大の特徴は、なんといっても「赤」の存在感です。風景、静物、人物といった多彩なモチーフを大胆かつシンプルに構成しながら、そこに独自の赤を中心とした鮮烈な色彩を重ねていく――その表現は、見る者の視線を一点に引き寄せる強さを持っています。この「赤」については、当時パリ市長を務めていたジャック・シラク氏(後のフランス大統領)が、「成熟の赤」と称えたことでも広く知られています。シラク氏自身、生涯にわたってボナフェのコレクターのひとりであり続けました。

輪郭を大胆に単純化し、原色を恐れずに扱うその画面は、ともすれば抽象的にも見えますが、あくまで具象表現としての確かな説得力を失いません。それはひとえに、南仏の強い光のなかで磨かれた色彩バランスの妙によるものといえるでしょう。ルーブル美術館文化局のダニエル・スリエ氏は「人や物、彼を取り巻くすべてのものに対する愛情の歌だ」とその作品を評しており、ボナフェの絵が単なる色彩の実験ではなく、世界への深い眼差しから生まれていることを物語っています。

活動は国内にとどまらず、ニューヨーク、台湾、韓国・ソウルなど世界各地で個展を開催し、国際的な評価を着実に高めていきました。1991年には初来日を果たし、東京芸術劇場での個展が大きな反響を呼びます。同年、初めてリトグラフの制作にも取り組み、版画という新たな表現の場においても、彼ならではの色彩の世界を展開しました。2002年にはフランスのヴァル城で大規模な回顧展を開催し、その画業の深さを改めて世界に示しました。

糸杉がそびえる南仏の野、静かに光を宿した果物、夕暮れに染まる農家の屋根――ボナフェが描く世界は、どれもこの画家の眼を通して初めて見えてくる、特別な色をまとっています。その作品をじっくりとご覧いただくことで、地中海の陽光と、画家が長い年月をかけて育んだ「成熟の赤」の意味を、きっと感じ取っていただけることと思います。