Shinichi Saito 斎藤真一

失われてゆく日本の文化をテーマに独自の作品世界を創り出した画家
1922年(大正11年) 〜 1994年(平成6年)
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斎藤真一について(略歴)
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斎藤真一「『瞽女』より 櫻」木版画
斎藤真一 『瞽女』より 櫻
木版画
35.5 × 27.6 cm 売却済
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斎藤真一「瞽女」木版画
斎藤真一 瞽女
木版画
33.5 × 27.6 cm 売却済
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斎藤真一「『「越後瞽女日記」』より 陽の川」油彩4号
斎藤真一 『「越後瞽女日記」』より 陽の川
油彩
4号 売却済
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斎藤真一 吉原の宵
油彩
12号 売却済
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斎藤真一「『明治吉原細見記』より 長い葬列」油彩P25号
斎藤真一 『明治吉原細見記』より 長い葬列
油彩
P25号 売却済
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斎藤真一「陽の雪原 中頸城」板に油彩SM
斎藤真一 陽の雪原 中頸城
板に油彩
SM 売却済
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斎藤真一「『越後瞽女日記』より 赤い陽の雪原」油彩SM
斎藤真一 『越後瞽女日記』より 赤い陽の雪原
油彩
SM 売却済
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斎藤真一「陽の道」板に油彩4号
斎藤真一 陽の道
板に油彩
4号 売却済
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斎藤真一「陽に生きる」油彩8号
斎藤真一 陽に生きる
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8号 売却済
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斎藤真一「風船と飛んで」油彩6号
斎藤真一 風船と飛んで
油彩
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斎藤真一「『明治吉原細見記』より 楼の宴(幇間)」油彩M40号
斎藤真一 『明治吉原細見記』より 楼の宴(幇間)
油彩
M40号 売却済
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斎藤真一「『津軽じょんがらシリーズ』より 津軽十三村」油彩M8号
斎藤真一 『津軽じょんがらシリーズ』より 津軽十三村
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M8号 売却済
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斎藤真一「『越後瞽女日記』より 赫い陽の山脈」油彩F3号
斎藤真一 『越後瞽女日記』より 赫い陽の山脈
油彩
F3号 売却済
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斎藤真一「『明治吉原細見記』より 雨の廓(くるわ)」油彩F4号
斎藤真一 『明治吉原細見記』より 雨の廓(くるわ)
油彩
F4号 売却済
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斎藤真一「『越後瞽女日記』より 海辺の灯」油彩F4号
斎藤真一 『越後瞽女日記』より 海辺の灯
油彩
F4号 売却済
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斎藤真一「『越後瞽女日記』より 津軽の陽(磯松にて)」油彩SM
斎藤真一 『越後瞽女日記』より 津軽の陽(磯松にて)
油彩
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斎藤真一「パリ」油彩4号
斎藤真一 パリ
油彩
4号 売却済
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斎藤真一「ポルトガルの映画館」油彩F4号
斎藤真一 ポルトガルの映画館
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F4号 売却済
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斎藤真一「『明治吉原細見記』より 衣紋坂」油彩F4号
斎藤真一 『明治吉原細見記』より 衣紋坂
油彩
F4号 売却済
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斎藤真一「風景」墨24.2 × 27.2 cm
斎藤真一 風景
24.2 × 27.2 cm 売却済

斎藤真一のデータ

性別
男性
出身地
岡山
誕生日
1922年(大正11年) 7月6日(木)
歿日
1994年(平成6年) 9月18日(日)
鑑定機関・鑑定人
洋画商協同組合

斎藤真一の略歴

1922年(大正11年)

岡山県に生まれる

1941年(昭和16年)

19歳で上京し、川端デッサン研究所に学ぶ

1942年(昭和17年)

東京美術学校師範科に入学する。在学中、学徒出陣で海軍に3年従軍する。

1950年(昭和25年)

岡山県立天城高等学校の非常勤講師として勤める。

1953年(昭和28年)

静岡県立伊東高等学校に着任する。

1957年(昭和32年)

光風会第43回展に「立春の道」を出展し、プールヴ賞を受賞。

1959年(昭和34年)

パリ留学。ヨーロッパにジプシーなどの芸人を求めて放浪生活を送る。藤田嗣治と親交を結ぶ

1961年(昭和36年)

津軽三味線の音色に驚き、宿の古老から瞽女のことを教えられる。

1965年(昭和40年)

この年より、約10年間、休暇のほとんどをさいて瞽女を取材するため越後に通う。

1971年(昭和46年)

第14回 安井賞展佳作に入賞

1973年(昭和48年)

日本エッセイストクラブ賞受賞する

1976年(昭和51年)

イタリアのシチリア、ウンブリア、トスカーナを1ヶ月間旅行。

1977年(昭和52年)

カルド・マディニオン画廊(パリ)にて個展を開催。スイス、バーゼルのクンストメッセ(国際画商見本市)に出品し、3ヶ月滞欧する。

1979年(昭和54年)

スペインのラマンチャ、アンダルシアを旅行する。

1980年(昭和55年)

イタリア、スイスを旅行する。

1981年(昭和56年)

カナダのヴィクトリア美術館(モントリオール)に作品が収蔵される。

1985年(昭和60年)

「紙草紙 吉原炎上」(文藝春秋)刊行

「明治吉原細見記」(河出書房新社)を刊行

1986年(昭和61年)

ポルトガルを旅行する。

1987年(昭和62年)

母の知り合いで、倉敷の女性が吉原の花魁だったことから明治期吉原を描いた、『明治吉原細見記』と『絵草子吉原炎上』が映画「吉原炎上」として上映される。

1990年(平成2年)

岡山県立美術館にて第7回洋画常設特別陳列「斎藤真一展」を開催。

1991年(平成3年)

倉敷市立美術館にて「第4回郷土作家展 斎藤真一」を開催。

1992年(平成4年)

ポルトガルを旅行する。

1993年(平成5年)

フランス、ポルトガルを旅行する。
山形県天童市に出羽桜美術館分館、斎藤真一心の美術館を開館する。

1994年(平成6年)

逝去。享年72歳。

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