斎藤真一
36歳の時フランスに留学し、ジプシーに心惹かれてヨーロッパ各国を放浪、さすらいの旅を続け、その中で藤田嗣治の助言もあり、帰国後東北を旅することになる。盲目の女性旅芸人・瞽女(ごぜ)を描き、更に明治の吉原に生きる遊女の実態を検証し、悲しみ、憂い、情念を独自に表現し、失われてゆく日本の文化をテーマに独自の作品世界を創り出した。
斎藤真一のデータ
- 性別
- 男性
- 出身地
- 岡山
- 誕生日
- 1922年(大正11年) 7月6日(木)
- 歿日
- 1994年(平成6年) 9月18日(日)
- 鑑定機関・鑑定人
- 洋画商協同組合
斎藤真一の略歴
- 1922年(大正11年)
岡山県に生まれる
- 1941年(昭和16年)
19歳で上京し、川端デッサン研究所に学ぶ
- 1942年(昭和17年)
東京美術学校師範科に入学する。在学中、学徒出陣で海軍に3年従軍する。
- 1950年(昭和25年)
岡山県立天城高等学校の非常勤講師として勤める。
- 1953年(昭和28年)
静岡県立伊東高等学校に着任する。
- 1957年(昭和32年)
光風会第43回展に「立春の道」を出展し、プールヴ賞を受賞。
- 1959年(昭和34年)
パリ留学。ヨーロッパにジプシーなどの芸人を求めて放浪生活を送る。藤田嗣治と親交を結ぶ
- 1961年(昭和36年)
津軽三味線の音色に驚き、宿の古老から瞽女のことを教えられる。
- 1965年(昭和40年)
この年より、約10年間、休暇のほとんどをさいて瞽女を取材するため越後に通う。
- 1971年(昭和46年)
第14回 安井賞展佳作に入賞
- 1973年(昭和48年)
日本エッセイストクラブ賞受賞する
- 1976年(昭和51年)
イタリアのシチリア、ウンブリア、トスカーナを1ヶ月間旅行。
- 1977年(昭和52年)
カルド・マディニオン画廊(パリ)にて個展を開催。スイス、バーゼルのクンストメッセ(国際画商見本市)に出品し、3ヶ月滞欧する。
- 1979年(昭和54年)
スペインのラマンチャ、アンダルシアを旅行する。
- 1980年(昭和55年)
イタリア、スイスを旅行する。
- 1981年(昭和56年)
カナダのヴィクトリア美術館(モントリオール)に作品が収蔵される。
- 1985年(昭和60年)
「紙草紙 吉原炎上」(文藝春秋)刊行
「明治吉原細見記」(河出書房新社)を刊行
- 1986年(昭和61年)
ポルトガルを旅行する。
- 1987年(昭和62年)
母の知り合いで、倉敷の女性が吉原の花魁だったことから明治期吉原を描いた、『明治吉原細見記』と『絵草子吉原炎上』が映画「吉原炎上」として上映される。
- 1990年(平成2年)
岡山県立美術館にて第7回洋画常設特別陳列「斎藤真一展」を開催。
- 1991年(平成3年)
倉敷市立美術館にて「第4回郷土作家展 斎藤真一」を開催。
- 1992年(平成4年)
ポルトガルを旅行する。
- 1993年(平成5年)
フランス、ポルトガルを旅行する。
山形県天童市に出羽桜美術館分館、斎藤真一心の美術館を開館する。- 1994年(平成6年)
逝去。享年72歳。