後藤純男
四季折々の情趣のなかに、奈良、京都など日本の古都の風物、寺院を荘厳に描き、また、雄大な中国の自然やそこに生きる人々、北海道の自然などを優しくかつ厳しい眼差しのもとに描いています。
東京芸術大学教授として後進の指導にもあたり、日本美術院の重鎮としてのみならず、我が国を代表する日本画家のひとりとして活躍していた。
後藤純男のデータ
- 性別
- 男性
- 出身地
- 千葉
- 誕生日
- 1930年(昭和5年) 1月21日(火)
- 歿日
- 2016年(平成28年) 10月18日(火)
- 美術館
- 後藤純男美術館
- 鑑定機関・鑑定人
- 東美鑑定評価機構鑑定委員会
- 師
- 田中青坪
- 山本丘人
- メイン・テーマ
- 寺社
- 風景
後藤純男の略歴
- 1930年(昭和5年)
千葉県東葛飾郡関宿町の真言宗住職の家に生まれる。
- 1932年(昭和7年)
埼玉県金杉村(現在の松伏町)へ転居。
- 1946年(昭和21年)
山本丘人に師事。
- 1949年(昭和24年)
山本丘人の紹介で田中青坪に師事。
- 1952年(昭和27年)
再興第37回 日本美術院展覧会(院展)で「風景」が初入選。
- 1954年(昭和29年)
日本美術院院友に推挙される。
- 1955年(昭和30年)
約8年間の関西、四国における真言宗の寺を巡るスケッチ旅行を始める。
- 1962年(昭和37年)
第47回 院展で「懸崖」が奨励賞・白寿賞・G賞受賞。
- 1965年(昭和40年)
第50回 院展で「寂韻」が日本美術院賞・大観賞受賞。
日本美術院特待に推挙される。
- 1969年(昭和44年)
第54回 院展で「淙想」が日本美術院賞・大観賞受賞。
- 1974年(昭和49年)
日本美術院同人に推挙される。
- 1976年(昭和51年)
第61回 院展で「仲秋」が文部大臣賞受賞。
- 1979年(昭和54年)
現代日本絵画展代表団の一員として初めて中国を訪問。
- 1981年(昭和56年)
ネスカフェ・ゴールドブレンド「違いがわかる男」のTVコマーシャルに出演。
- 1986年(昭和61年)
西安美術学院(中国)名誉教授となる。
第71回 院展で「江南水路の朝」が内閣総理大臣賞受賞。
- 1988年(昭和63年)
高野山東京別院に襖絵「高野山の四季」を奉納。
東京藝術大学 美術学部教授に就任。
- 1993年(平成5年)
長谷寺(奈良)に襖絵「夏冬山水」を奉納。
- 1995年(平成7年)
三越エトワール(パリ)にて個展を開催。
- 1997年(平成9年)
東京芸術大学を退官。
北海道上富良野町に後藤純男美術館を開館。
- 1999年(平成11年)
東京都高幡不動尊金剛寺に襖絵「桂林山水朝陽夕粧」を奉納。
犬吠駅舎内に後藤純男美術館を開館。
- 2000年(平成12年)
埼玉県松伏町名誉町民となる。
上富良野町社会貢献賞を受賞。
- 2001年(平成13年)
西安美術学院研究棟内に「後藤純男工作室」が落成。
- 2002年(平成14年)
埼玉県北葛飾郡松伏町の名誉町民に選ばれる。
- 2005年(平成17年)
喜寿記念展を各地にて開催。
- 2006年(平成18年)
旭日小綬章を賜る。
- 2008年(平成20年)
「小海町高原美術館開館10周年記念 後藤純男日本画展」を開催。
- 2012年(平成24年)
後藤純男美術館開館15周年 後藤純男展 (そごう美術館)
- 2016年(平成28年)
東京藝術大学名誉教授となる。
第72回日本芸術院賞・恩賜賞を「大和の雪」が受賞。10月18日(火)、午前3時40分、敗血症のため北海道旭川の病院で死去。