Rufino Tamayo ルフィーノ・タマヨ

1899年(明治32年) 〜 1991年(平成3年)
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ルフィーノ・タマヨについて(略歴)

ルフィーノ・タマヨのデータ

性別
男性
誕生日
1899年(明治32年) 8月26日(土)
歿日
1991年(平成3年) 6月24日(月)
美術館
Museo Tamayo

ルフィーノ・タマヨの略歴

1899年(明治32年)

8月26日(土)、オアハカ州フアレスのサポテカン・インディオの家に生まれる。

1911年(明治44年)

孤児となり、商用学校のもとへ彼を送り出した叔母と一緒に住む。

1915年(大正4年)

国立サン・カルロス美術学校の夜間クラスに入学。

1917年(大正6年)

国立芸術アカデミーで学ぶ。

1921年(大正10年)

国立芸術アカデミーを退学。

国立人類学博物館民族学素描局長として、アステカ、マヤ等の彫刻や、インディオ部族の生活を記録する仕事に従事。

1926年(大正15年/昭和元年)

メキシコシティで初の個展。

1936年(昭和11年)

シケイロス、オロスコと共にニューヨークの芸術家会議に出席。

1950年(昭和25年)

ヴェネツィア・ビエンナーレに参加。

1953年(昭和28年)

サンパウロ・ビエンナーレに参加。

1958年(昭和33年)

ユネスコ本部ビル(パリ0の壁画を制作。

1959年(昭和34年)

カッセルで行われた第2回ドクメンタに参加。

1960年(昭和35年)

グッゲンハイム財団で国際賞。

1974年(昭和49年)

故郷オアハカに蒐集したプレ・コロンビアの工芸品を寄贈。

1981年(昭和56年)

メキシコシティにルフィーノ・タマヨ国際美術館が設立。

1990年(平成2年)

フランスの最高級ワイン『シャトー・ムートン・ローシールト』のボトル・ラベルの為のオリジナル作品を依頼される。

1991年(平成3年)

6月24日(月)、メキシコシティにて逝去。

1998年(平成10年)

遺族が『シャトー・ムートン・ローシールト』のボトル・ラベルに「El Brindis(祝杯を挙げる男)」を選ぶ。

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