マウリッツ・コルネリス・エッシャー
オランダ北部レーワルデンに生まれる。父は一等技師として来日したこともある土木技術者。建築、装飾を学んだ後おもに風景画を制作。旅先のスペインでモザイク装飾に感銘を受け、結晶学を学ぶ。建築不可能な構造物など「だまし絵」として知られる独自の不可思議な世界を作り出した。エッシャーの作り出す版画の世界は従来の画家や版画家の描く世界とは大きく異なり平面の正則分割や対称性、二次元と三次元の交差、不可能な構造など幾何学的な世界や錯視をモチーフにした特異な知的イメージの世界だった。
マウリッツ・コルネリス・エッシャーのデータ
- 性別
- 男性
- 誕生日
- 1898年(明治31年) 6月17日(金)
- 歿日
- 1972年(昭和47年) 3月27日(月)
マウリッツ・コルネリス・エッシャーの略歴
- 1898年(明治31年)
6月17日(金)、土木技師のジョージ・エッシャーの5人兄弟の末っ子として オランダのレーワールデンで生まれる。
- 1919年(大正8年)
ハールレムの学校に通い、建築と装飾美術について学ぶ。
装飾美術についてサミュエル・メスキータ(オランダ語版) に才能を見出される。- 1924年(大正13年)
旅行先のイタリアで出会ったイエッタ・ウミカーと結婚
- 1926年(大正15年/昭和元年)
長男ジョージが生まれ、ローマに移り住んだ。
- 1930年(昭和5年)
風景画の最高傑作といわれる『カストロバルバ』を制作している。
- 1935年(昭和10年)
長男がイタリア少年国粋党の制服着用を義務づけられたことと、次男アーサーに結核の兆候が見つかったことから、一家はスイスに移り住んだ。
- 1937年(昭和12年)
ベルギーに移り、1934年5月13日に2回目のアルハンブラ宮殿訪問。妻と共に宮殿の洗練された模様の膨大なスケッチをとり、ホテルで彩色している。
- 1950年(昭和25年)
オランダ紙幣のデザインに取り組んだが、その紙幣は発行されていない。
- 1955年(昭和30年)
ヒルフェルスム文化賞を受賞。
- 1958年(昭和33年)
愛好家に向けて『平面の正則分割』を発表、自分自身で纏め上げた理論を分かりやすく説明している。
- 1969年(昭和44年)
遺作となる『蛇』を制作。エッシャーは最後の作品には蛇を描こうと予め決めていたという。この作品はエッシャーの真骨頂とも言うべき平面の正則分割による無限の追求が盛り込まれている。
- 1970年(昭和45年)
オランダのバールンにある芸術家のための養老院に入り、生涯最後の2年間を送った。
- 1972年(昭和47年)
3月27日(月)、逝去。73歳。