シャルル=フランソワ・ドービニー
1817年(文化14年) 〜 1878年(明治11年)
画家一家のもとでその芸術的才能を育まれ、早くから絵を描いた。フランスで戸外での制作を最も早くから推進したバルビゾン派の風景画家。1857年のレジオン・ドヌール勲章など数々の受賞歴は、その長年にわたる風景画への貢献と社会的成功を示している。河川を主とした、自然に対する愛情が率直に表現されたその作品は、素朴な構図や天候の描写、更にオランダ風の明るさを特色とした。
シャルル=フランソワ・ドービニーのデータ
- 性別
- 男性
- 誕生日
- 1817年(文化14年) 2月15日(土)
- 歿日
- 1878年(明治11年) 2月19日(火)
- 勲章
- レジオンドヌール勲章
- Edmond François Daubigny
- メイン・テーマ
- 風景
シャルル=フランソワ・ドービニーの略歴
- 1817年(文化14年)
2月15日(土)、パリに生まれる。父Edmond François Daubigny、叔父Pierre Daubignyも風景画家であり年少時より教育を受けた。
- 1834年(天保5年)
フォンテーヌブローの森などで作品を制作して以降、多くの土地を旅行してまわり、戸外での観察を重視して風景画を多く描いた。
- 1857年(安政4年)
自身の所有する小舟「ボタン号」をアトリエとして使用し、オワーズ川やセーヌ川に浮かべて舟の上から制作する事もあった
レジオンドヌール勲章を授与
- 1860年(安政7年/万延元年)
パリ郊外のオーヴェル=シュル=オワーズに住む。
- 1868年(慶応4年/明治元年)
サロン(官展)の審査委員を務め、モネなどの後に印象派を形成する事になる若い画家たちを積極的に評価した。
- 1870年(明治3年)
普仏戦争が起こると、一時的にロンドンに移り、同じく同地に移っていたモネとピサロに、後に印象派の画商として知られるポール・デュラン=リュエルを紹介した。
- 1872年(明治5年)
オーヴェル=シュル=オワーズにてセザンヌと出会い、その才能を評価した。
- 1878年(明治11年)
2月19日(火)、逝去。