アントニ・クラーベ
アントニ・クラーベは20世紀スペインを代表する画家であり版画家、彫刻家、舞台デザイナー、衣装デザイナーでもあります。絵具と共に木材や金属などの素材を用いた独自のコラージュスタイルが特徴的です。 バルセロナで生まれ、13歳からペンキ職人として働きながら、夜間美術学校で学びました。職人の仕事からブラシの扱い方、描画の仕方、レタリングの技法、そして偽造木材などを学びました。やがてポスターや挿絵を描き始めたクラーベは バルセロナのポスターコンペティションで2位に入賞、その後バルセロナで三か所の映画館のポスター製作を手掛けるなどし、広告や装飾の仕事で生計を立てました。スペイン内戦のため1939年フランスに亡命、パリのモンパルナスに落ち着きアトリエを構えました。1942年にはパリで初めての展覧会を開催、1944年には同郷の画家パブロ・ピカソと出会いました。ピエール・ボナールやエドゥアール・ヴュイヤールなどの印象派の画家たちからも大きな影響を受けたクラーヴェですが、ピカソとの出会いは彼にさらに深い影響を及ぼしました。 クラーベは演劇デザイナーでもあり、オペラやバレエの舞台も手掛けており 1952年の映画『Hans Christian Andersen(邦題:アンデルセン物語)』ではアカデミー美術賞と衣装デザイン賞にノミネートされました。作品は、パリ市立近代美術館、サンフランシスコ美術館、ロンドンのテート・ギャラリーなどにコレクションされています。
アントニ・クラーベのデータ
- 性別
- 男性
- 出身地
- スペイン
- パブリックコレクション
- アーティゾン美術館
- 山梨県立美術館
- 清春白樺美術館
- 長崎県美術館
- ヘネラリタット宮殿(カタルーニャ)
- 大村美術館
- 兵庫県立近代美術館
- 徳島県立近代美術館
- 国立西洋美術館
- 東京国立近代美術館
- 国立国際美術館
- 北海道立美術館
- 練馬区立美術館
- 公式サイト
- https://www.antoni-clave.org/en/
アントニ・クラーベの略歴
- 1913年(大正2年)
4月5日(土)、スペイン、カタローニア地方のバルセロナに生まれる。
- 1926年(大正15年/昭和元年)
バルセロナ美術学校夜間部に通う。
- 1930年(昭和5年)
週刊誌の挿絵、広告用ポスターを描き始める
- 1932年(昭和7年)
美術学校を辞める。
バルセロナ貯蓄銀行主催のポスター・コンクールで二等賞を受賞。
映画館の看板装飾の仕事を手掛ける。- 1937年(昭和12年)
スペイン内乱に伴い、カタロニアに接するアラゴン戦線に出征。
共和国政府の二等兵として歩兵中隊に配属される。- 1938年(昭和13年)
バルセロナで陸軍関係の劇場の装飾と舞台装置を手掛ける
- 1939年(昭和14年)
スペイン内乱で共和国側に立ち、フランスに亡命する。
ペルピニャンの収容所に収容されるが、1ヶ月後に解放される収容所で描いたデッサン・グワッシュ・墨の作品をペルピニャンの喫茶店「メゾン・ヴィヴァン」で展示、40点全てが完売。
パリに移り、児童出版社のために続き漫画を描く。
初めてリトグラフを制作する。- 1941年(昭和16年)
パリ・モンパルナスのボアソナード街45番のアトリエに居を構える。
- 1942年(昭和17年)
息子ジャック誕生 共同でパリでの初めての展覧会(カステリュチョ画廊)を開催。
- 1944年(昭和19年)
パリ解放の同日グラン・ゾーギュスタン通りのピカソの自宅を訪ねる。
パリ国立美術協会特別賞受賞。- 1945年(昭和20年)
プロスペル・メリメ著『カルメン』の挿絵を制作。
- 1946年(昭和21年)
シャンゼリゼ劇場、オペラ座などの舞台装置を担当する。
レンブラント、ゴヤ、ボナール、ルオー、ピカソに惹かれる。
プラハでの「スペイン人画家展」に出品
特に、ピカソとの出会いは、彼に大きな影響を与えた。- 1948年(昭和23年)
ヴォルテール著『カンディード』の挿絵を制作。
- 1949年(昭和24年)
ロラン・プチ・パリ・バレーの「カルメン」の舞台装置・衣裳を担当。
- 1950年(昭和25年)
ラブレー著『ガルガンチュア物語』挿絵のための原画を描き始める。
この作品を機に、クラベの関心は「中世」に向い、自らの新しい主題とする。- 1951年(昭和26年)
第3回日本アンデパンダン展(東京都美術館)に《白い椅子》を出品。
「サロン・ド・メイ(東京展)」(東京・日本橋高島屋)に出品。
「ガルガンチュア物語」挿絵のために石版画を制作。- 1952年(昭和27年)
ハリウッドでセット美術を手掛ける。
- 1953年(昭和28年)
ロラン・プチ・パリ・バレーの「24時間の服喪」の舞台装置を担当
この頃、ようやく絵画作品が売れるようになる。- 1954年(昭和29年)
版画作品がベネチア・ビエンナーレ展でユネスコ賞を受賞する。
- 1956年(昭和31年)
油彩にコラージュを併用し始める。
サロン・ドートンヌ会員。
「ガルガンチュア物語」の挿絵版画制作を終え、この作品に着想を得た「王様」「王妃」「戦士」の連作を描き始める。
第28回ヴェネチア国際ビエンナーレでユネスコ賞受賞。- 1957年(昭和32年)
第1回東京国際版画ビエンナーレでブリヂストン美術館賞受賞。 絵画展(ビルバオ・近代美術館)開催。
- 1960年(昭和35年)
鉛板への型押、浮彫、彫刻作品を制作。 絵画展(アンチーブ・ピカソ美術館)開催。
- 1962年(昭和37年)
第1回国際形象展(東京・日本橋三越本店)に招待出品。
以後、国際形象展には、1986年の第25回(最終回)まで毎年連続して出品。- 1963年(昭和38年)
初めてタピスリー、アッサンブラージュを制作。
- 1966年(昭和41年)
初めてエッチング作品を制作。
- 1967年(昭和42年)
友人アンリ・ゴエツの創出した「カーボランダム技法」(カーボランダム:珪素化合物からなる産業用の硬質な化合物を、ボンドで支持体に接着して版を作成する)を用いて版画を制作。
- 1969年(昭和44年)
「クラーベ展」(東京・吉井画廊)開催。
- 1972年(昭和47年)
来日、「スペインの情熱と色彩 クラーベ展」(東京・銀座松坂屋)開催。
- 1973年(昭和48年)
「スペインの情熱と色彩 クラーベ展」(大阪・梅田近代美術館)開催。
「1951年~1973年の版画作品展」(テルアビブ美術館)開催。- 1978年(昭和53年)
「絵画の枠を越えて」展(パリ・ポンピドゥー・センター、国立近代美術館) 開催。
「1958年~1978年の絵」展(パリ市近代美術館)開催。
絵画展(ルクセンブルク・美術歴史博物館)開催。- 1979年(昭和54年)
絵画展(コルマール・ウンテルリンデン美術館)開催。
- 1980年(昭和55年)
「アントニ・クラーベ展」(東京・吉井画廊)開催。
- 1981年(昭和56年)
絵画、彫刻展(マドリード・国立図書館)開催。
絵画、彫刻、オブジェ展(トゥールーズ・オーギュスタン美術館)開催。- 1982年(昭和57年)
絵画、彫刻展(バレンシア・美術博物館)開催。
- 1984年(昭和59年)
ベニス・ビエンナーレのスペイン館に1958年から1984年までの125点の作品を展示。
版画展(マドリード・現代美術館)開催。- 1985年(昭和60年)
油彩・彫刻展(京都・カジカワ美術資料室ホール)開催。
版画展(ハバナ・美術博物館)開催。
絵画、彫刻、オブジェ展(ペルピニャン・リゴー美術館、カステイエ美術館)開催。
「ドン・パブロに捧ぐ―オマージュ・ア・ピカソ展」(アンチーブ・ピカソ美術館)開催。- 1986年(昭和61年)
「アントニ・クラーベ展」(東京都庭園美術館)開催。
「アントニ・クラーヴェ展」(大阪・国立国際美術館)開催。
「アントニ・クラーベ展」(神奈川・箱根彫刻の森美術館)開催。- 2003年(平成15年)
「アントニ・クラーベ『ガルガンチュア物語』」展(群馬・大川美術館)開催。
- 2005年(平成17年)
8月31日(水)、91歳。サントロペにて逝去。