コンテンツを読み込み中
群馬と新潟の県境にそびえる谷川岳は、険しい岩肌と深い森、そして雪解け水が刻んだ渓谷美で知られる名峰です。本作《憧れを静かに(谷川岳)》は、その雄大な自然を前にしたときに湧き上がる敬意や憧憬を、居島春生ならではの緻密なテンペラ技法で描き出した一作です。 画面には、静かに流れゆく渓流を中心に、左右から迫る濃密な樹林と岩壁が大きく配されています。手前の水面には細かな波紋と光の反射が繊細に刻まれ、奥へ進むにつれて谷は淡い霧に包まれ、山並みは柔らかな空気の中へ溶け込んでいきます。とりわけ右手の巨岩は重厚な存在感を放ちながらも、水の流れや霞んだ遠景との対比によって、自然全体の静かな呼吸の一部として画面に調和しています。力強さを誇示するのではなく、谷に満ちる澄んだ気配そのものを描こうとする姿勢が印象的です。 1948年北海道留萌市生まれの居島春生は、広告デザインの仕事を経て画業に専念し、昭和会展や林武賞展への出品をはじめ、全国の百貨店を中心に個展を重ねてきました。卵黄テンペラによる独自の表現を追求し、綿密な写生に基づいて水や森、渓谷など自然の「気」を描く風景画家として高く評価されています。北海道立釧路芸術館にも作品が収蔵されるなど、その確かな描写力は広く知られています。 本作は、谷川岳という雄大な景観を題材としながら、壮麗さよりも「静かに憧れる」という心の在り方を丁寧に映し出した作品です。眺めるほどに、渓流のせせらぎや森を渡る湿った風までが感じられるような、穏やかな余韻を湛えています。