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山口英紀氏は、1976年千葉県生まれの水墨画家です。筑波大学で書や篆刻を学び、大学院修了後の2002年から2004年にかけて中国美術学院へ留学し、本格的に水墨画を学びました。伝統的な水墨の技法を基礎としながら、現代の都市風景を写真のような精密さで描き出す独自の作風で知られています。 本作は、山口氏の代表的なシリーズ「追懐」に連なる一作です。このシリーズでは、昭和25年から昭和41年までの年賀はがきを画面に取り込み、それぞれの時代に対応する東京の風景を水墨で描いています。山口氏は、年賀はがきに記された年号と同時代の風景を結びつけることで、単なる過去の再現ではなく、一枚の小さな紙片から当時の時間を呼び起こす試みを行いました。 本作に描かれるのは、1958年頃の千代田区、都庁前の風景です。現在では大きく姿を変えた東京の中心部を、細密な筆致と墨の濃淡によって丁寧にたどることで、都市そのものが持つ時間の厚みが感じられます。特徴的なのは、精密に描かれているにもかかわらず、どこか遠い記憶を眺めているような感覚が残ることです。それは山口氏が水墨の「ぼかし」や和紙の質感を生かし、現実の風景にあえて古びた時間の感触を与えているためでしょう。 かつて人々が新年の挨拶を交わした年賀はがきと、その時代の東京を記録した風景。二つの異なる記憶が一つの画面に重なることで、本作は都市の歴史を身近なものとして感じさせてくれます。懐かしさだけではなく、「かつてここにあった時間」へ静かに思いを巡らせることのできる作品です。

