コンテンツを読み込み中
長谷川潔が描く風景には、旅先の景観を忠実に記録する以上の、静かな精神性が宿っています。《ソリエスの村》もその魅力がよく表れた一点です。南フランス・プロヴァンス地方のソリエスを題材とし、丘陵に寄り添う家々や教会、天へとまっすぐ伸びる糸杉が、穏やかなリズムをもって画面を構成しています。画面手前のゆるやかな道は自然と村へ視線を導き、鑑賞者はまるで静かな散策の途中にこの景色と出会ったかのような感覚を覚えます。 本作は、銅版に直接針で線を刻むポアント・セッシュ(ドライポイント)の技法によって制作されています。インクを柔らかく含んだ繊細な線は、石造りの家々や木々の葉の質感を丹念に描き分けながらも、画面全体にはどこか穏やかな空気が流れています。建物や樹木は細密に描かれているにもかかわらず、過度な写実へと傾くことなく、光に包まれた南仏の静寂や澄んだ時間までもが表現されています。線だけで豊かな空間を生み出す長谷川の卓越した描写力を存分に味わうことのできる作品といえるでしょう。 長谷川潔は横浜に生まれ、1918年に渡仏して以降、生涯のほとんどをフランスで制作に捧げました。古典銅版画技法を深く研究し、のちにメゾチント(マニエール・ノワール)の第一人者として世界的な評価を得ますが、その基盤となったのは、本作のようなポアント・セッシュによる清澄な線描表現でした。1935年頃は風景版画にも充実した成果を残した時期であり、《ソリエスの村》には、自然と人の営みが穏やかに調和する風景への深いまなざしと、後年の円熟した作品へとつながる長谷川の美意識が静かに息づいています。