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熊谷守一の新着作品を
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砂地と水辺の境界線を、一匹の石亀がのっそりと歩んでいます。画面を斜めに横切る地平線が構図に大らかなリズムを生み出し、淡い砂色と深みのある緑色というふたつの色面が、静かな対比をなしています。その境目に、まるで世界の中心に居座るかのように、石亀の丸みを帯びた背中がどっしりと鎮座しています。 熊谷守一が好んで描いた小さな生き物たちの中でも、亀はとりわけ愛着深いモチーフでした。東京・豊島区の自邸に設けた小さな庭に六十余年閉じこもり、草一本、虫一匹を何十年も観察し続けた熊谷にとって、亀はただの題材ではなく、長年ともに時を重ねた「住人」のような存在でした。その親しみが、この作品の飾らない温かさにそのままにじみ出ています。 描写は徹底して簡潔です。甲羅はローズがかったピンクと赤褐色の二色に分けられ、四本の足と小さな尾はくすんだ黄土色で表されています。輪郭線は太く、迷いなく引かれており、余分な陰影や細部の描写は一切ありません。にもかかわらず、亀の重量感や歩みのリズムは確かに伝わってきます。熊谷が生涯をかけて追い求めた「ものの本質だけを残す」という造形の境地が、この小品の中にも凝縮されています。 本作は1976年制作、100部限定のシルクスクリーンです。画面左下にはエディション番号、右下には熊谷守一の直筆サインが記されており、作家自身の手が加わった正真正銘の版画作品として高い資料的・美術的価値を持ちます。熊谷守一は本作制作の翌年、1977年に97歳でその生涯を閉じました。晩年まで衰えることのなかった観察眼と、ユーモアをたたえた線の力強さを、この一枚に見ることができます。 のんびりと水辺へ向かう亀の後ろ姿は、見る者の心に不思議なほどの安らぎをもたらします。急ぐことなく、ただそこにある命の確かさ。熊谷守一が愛してやまなかった小さな世界の、大きな豊かさがここに息づいています。