カシニョール 
カシニョール作品カタログ
1935 7月13日パリに生まれる。
1959 サロン・ドートンヌ会員に推挙される。
1960 パリのフラモン画廊でグループ展開催。兵役のためドイツとアルジェリアに1962年まで滞在。
1964
パリのティヴェイ・フォコン画廊にて個展。日本の画商・為永清司と出会う。リディス出版のノエル・シューマンを知り、ジョセフ・ケッセル著「不幸の塔」4巻に挿絵を描く
1966 ジジ・ジャンメールの肖像を描く。東京の国際形象画展に出品。以後、毎年参加する
1969 東京、三越百貨店にてリトグラフ展を開催。
1971
1月、アメリカのパームビーチ及びニューヨークのウォーリー・フィンドレイ画廊にて個展。初めて日本を訪れ、3ヶ月滞在する。肖像画を何点か制作、黒柳徹子と知り合う。
1973
版元アラン・マゾに出会う。ジャン・フランソワ・ジョスランの文章が入った版画集「散歩」をマゾ出版から刊行。刷り師フェルナン・ムルロー、版画師シャルル・ソルリエと知り合う。
1975 11月、ニューヨーク、フィンドレイ画廊にて個展。版元ド・フランコニー社のアンドレ・ド・フランコニー、ジェラール・ド・フランコニー兄弟と知り合う。
1976
マゾ出版から「版画集」が出される。シャルル・ソルリエが序文を執筆。東京、三越百貨店にて個展。詩人ギルヴィックと出会う。マゾ出版から版画集「公園」を刊行。
1977
リディス社から刊行されたリトグラフ30点組版画集、シャルル・ボードレール著「禁断の詩篇」の出版を記念して、パリ、ルネ・キフェール画廊で個展が開催される。序文はジャン・ルイ・ボリィが執筆した。
1978 ビジョン・ヌーベルにてリトグラフ展が開かれる。6月〜7月、ニューヨークウォリー・フィンドレイ画廊にて個展。
第2回日本旅行。東京、三越ギャラリーにて大規模な個展を開催。
1980
パリ、アトリエ3で初めてのタピスリーが制作される。11月、パリとニューヨークのウォリーフィンドレイ画廊で油彩画とタピスリーの個展を開催。パリ、ピエール・オト画廊でリトグラフ展を開催。
1981 第4回日本旅行。東京、三越百貨店にて個展。三越劇場のために油絵の大作を制作。黒柳徹子の肖像を描く。
1983 カシニョールの油彩画を収集した「カシニョール画集」がド・フランコニー社から出版される。
序文をジャン・フランソワ・ジョスランが、紹介文をシャルル・ソルリエが執筆。東京・ギャラリーミキモト、
大阪・都画廊、名古屋・国際サロンで開催された出版記念展のために来日。東京、ギャラリー新宿高野でリトグラフ展を開催。
1984 名古屋松坂屋にて、ラ・コレクション・フランセーズ社から刊行されたリトグラフ集「南回り」出版記念開催。
油彩画、素描など原画があわせて展示される。ニューヨーク、アート・エキスポのエンリコ・ナヴァラのスタンドで、リトグラフの個展を開催
1985 ニューヨーク、アート・エキスポのE.ナヴァラのスタンドで個展を開催リトグラフの屏風「リュグザンブール公園」を制作。
ラ・ブッキヌリー・ド・ランティテュに展示される。ACマゾ出版から、8枚組み銅版画集「顔」が刊行される。
アカデミー・フランセーズ会員モーリス・ランスが序文を執筆
1988 講談社より画集「カシニョール」刊行(執筆/黒柳徹子、深田祐介)。東京資生堂ギャラリーにて個展(油彩)。東京、ギャラリーアバンギャルドにて版画展。
1990 朝日新聞社の主催により、大丸ミュージアム梅田、東京、福岡、京都で個展を開催。大阪で緑と花の博覧会の公式ポスターを制作。
トロフェ・ド・ランコム(ゴルフ・トーナメント)のポスターを制作。
1991 ボリショイ・バレエ団のアメリカ及びフランス公演のポスターを制作。
ミッシェル・トランクルベル出版より油彩画を収録した画集が出版される。8枚組み版画集「気まぐれ」を制作。
その画集のために同じテーマでフランソワーズ・サガンが文章を執筆。
1992 3月、東京のプランタン銀座での個展のために来日。10月、日本経済新聞社より、画文集「流れゆくままに」が出版される。
1993 講談社より画集「カシニョール 魅せられた夢」刊行(執筆/ジャック・ベルジェ)。
この画集の出版を記念して、名古屋、上野、横浜、大阪の松坂屋各店で個展を開催。
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