本名
鈴木松年、幸野楳嶺、竹内栖鳳らに師事し、早くから頭角を現した。
女性初の文化勲章を受章し、古典・謡曲や市井に住む女性たちなどを題材に気品ある格調高い女性像を描いた。
息子の松篁、孫の淳之も日本画壇で活躍。
最終更新:2009年10月16日
※1 四条派 江戸中期頃の画家、松村呉春を祖とし現代まで続く日本画界の派閥の一つ。
※2 鈴木松年(1848~1918)鈴木百年の次男。激しく豪放な気性で知られ、同派の幸野楳嶺との確執は根深かった。
※3 幸野楳嶺(1844~1895)四条派の画家。教育にもっとも力を入れ、京都府画学校(現京都市立芸術大学)を発足。竹内栖鳳ら日本画壇を代表する画家たちを育て上げた。
※4 市村水香(1841~1899)高槻の人。藤沢東畡、藤井竹外に学ぶ。
※5 金剛巌(1886~1951)シテ方金剛流能楽師。二十四世金剛流宗家。金剛謹之輔の長男。須田国太郎が最も多くの舞台姿を描いた役者。