上村松園のプロフィール

生年
1875年~1949年
出身地
日本・京都府
ジャンル
日本画
よく描かれるテーマ
美人画
代表作
序の舞(1936年)
娘深雪(1914年)
主な所蔵美術館
松伯美術館

本名津禰つね
鈴木松年、幸野楳嶺、竹内栖鳳らに師事し、早くから頭角を現した。
女性初の文化勲章を受章し、古典・謡曲や市井に住む女性たちなどを題材に気品ある格調高い女性像を描いた。
息子の松篁、孫の淳之も日本画壇で活躍。

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略歴

最終更新:2009年10月16日

1875年
4月23日、京都の下京区四条通御幸町の葉茶屋「ちきり屋」の次女として生を受ける。
1887年
京都府画学校(現京都市立芸術大学)に入学するが翌年退学し、四条派※1鈴木松年※2の内弟子となる。
1890年
第3回内国勧業博覧会に「四季美人図」を出品、一等褒状受賞。
1893年
幸野楳嶺※3に師事。
火事のため中京区高倉通蛸薬師に転居。
市村水香※4に漢学を学び始める。
1895年
幸野楳嶺の死去にともない、竹内栖鳳に師事。
1902年
息子信太郎(松篁)が誕生。
1903年
中京区車屋町御池に転居。
1914年
間元町竹屋町に画室竣工。
金剛巌※5に謡曲を習い始める。
1934年
母、仲子逝去。
1941年
帝国芸術院会員となる。
1945年
戦禍を避け、奈良平城の唳禽荘に疎開。
1948年
女性として初めて文化勲章を受章。
1949年
8月27日逝去。従四位に叙される。

※1 四条派 江戸中期頃の画家、松村呉春を祖とし現代まで続く日本画界の派閥の一つ。

※2 鈴木松年(1848~1918)鈴木百年の次男。激しく豪放な気性で知られ、同派の幸野楳嶺との確執は根深かった。

※3 幸野楳嶺(1844~1895)四条派の画家。教育にもっとも力を入れ、京都府画学校(現京都市立芸術大学)を発足。竹内栖鳳ら日本画壇を代表する画家たちを育て上げた。

※4 市村水香(1841~1899)高槻の人。藤沢東畡、藤井竹外に学ぶ。

※5 金剛巌(1886~1951)シテ方金剛流能楽師。二十四世金剛流宗家。金剛謹之輔の長男。須田国太郎が最も多くの舞台姿を描いた役者。