猪熊弦一郎のプロフィール

生年
1902年~1993年
出身地
日本・高松市
ジャンル
洋画
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略歴

最終更新:2010年11月24日

1902年
高松市に生まれ、丸亀市に転居。旧制丸亀中学校(現香川県立丸亀高等学校)卒業。
1922年
東京美術学校(現東京芸術大学)洋画科に入学し、藤島武二に師事する。
1926年
「婦人像」で帝展初入選を果たす。その後、「座像」で特選に選ばれるなどし、帝展無鑑査となる。
1936年
帝展改組をきっかけに小磯良平、脇田和らと新制作派協会を設立する。
1938年
フランスに移り、アンリ・マティスの指導を受ける。
1945年
第二次世界大戦が勃発し、最後の避難船となった白山丸で帰国する。終戦後、田園調布純粋美術研究室を発足し、後進の指導にあたる。
終戦後、田園調布純粋美術研究室を発足し、後進の指導にあたる。
1951年
上野駅に壁画「自由」を完成。また、慶應義塾大学大学ホールの壁画「デモクラシー」と名古屋丸栄ホテルホール壁画「愛の誕生」で 第2回毎日美術賞を受賞する。また、白地に赤で有名な三越の包装紙「華ひらく」のデザインも行ない、当時としては破格の報酬でも話題となった。
1955年
活動の拠点をニューヨークに移す。この時期から画風は一気に抽象の世界に移っていった。また、この時期は、マーク・ロスコ、イサム・ノグチ、 ジョン・ケージ、ジャスパー・ジョーンズなどさまざまな著名人と交友関係を深めたことでも知られる。
1973年
脳血栓で倒れてニューヨークを離れ、1975年からは温暖なハワイで毎年冬をすごしながら創作活動を続けた。
1980年
勲三等瑞宝章を受章する。
1993年
「祝90祭猪熊弦一郎展」で第34回毎日美術賞を受賞する。同年5月17日急逝。享年90。